文化農場記

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2011/03/03 Thu  20:16:56 » E d i t

 » 空庭で「物理学と神」を読む 

2月の読書部は「谷町空庭http://www.soraniwa.net/tanimatisoraniwa.htm」で開催。場所を変えるのもいいですねぇ。街中にこんなほっこりスペースがあるのは素敵。読書部復帰の岩田さんも含め参加者10名。若者も3名、いや失礼4名。今回のレポートは、くじ引きで当たった高木さんが書いてくれました。
次回は、文化農場開設2周年企画と絡めてちょっと楽しい企画ですよ~。お楽しみに。はしもと


「物理学と神」(池内了著)を読む…の報告
 テキスト決定時から口々に発せられていた「数字が苦手」や「文系には…」という声に答えて、まずナビゲーターの松本さんから「読み易かったか、読みにくかったかについて、理由をつけて答えよ」という指令が出た。

多くの人が、「『はじめに』で挫折後1章、2章と進めるうちに読み易くはなった。」とはいいつつ結果は全員が「読みにくい」。なおかつ「読んだ後に何も残らない」という意見も…ということは、何も話すことが無いのか?と思えばそんな気配は全くなく、閉店時刻を過ぎてもまだ議論が続くという展開となった。

 前述の指令の流れから、この本の「読みにくさ」についてである。数式が無くて読み易かった「文系」派と数式が無くて読みにくかった「理系」派に分かれて、物理学の説明に必要なのはイマジネーションか数式か…結果的には著者が良かれと思った文学的表現が誰に対してもうまく作用せず、それが冒頭での「読みにくさ」、それを各自が割り切った(?)後半の「読み易さ」に変化したと思われた。

次に話題になったのが、著者が対象とした「神」についてである。この本の「神」の扱い方が曖昧であることは、ほぼ全員が共通に感じていた。著者がひもとく「物理学」の流れの大半がキリスト教の「神」であることは、ピックアップされた物理学者から想像できるのだが、最終章に近づくにつれ「八百万の神」や「仏」が同次元に扱われる。結局どんな「神」を想定したのか?ここから各自の思考がと妄想が拡大する。

「神とは創造主である」→「神とは人知を超えたものである」→「神とは理解できないものである」→「創造主としての神の他に人間的神がいる(アインシュタインがそうだった?)」→「人間的神といってもモラルとは無関係である」→「モラルは全て人間が決める」→「モラルは習慣なので時代や技術によって変わる」→「モラルは建前的になる」…

 結果的に「神」が何処に向かいたいかはわからなかったが、各々の背後で囁く「神」の主張が随所に現れていた。これぞ八百万の神の酒宴…だったのかもしれない?


 高木恭子記

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