文化農場記

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2011/08/19 Fri  16:42:50 » E d i t

 » 私にとっての大震災「つぶやき本音ライブ:」で語られたこと 

報告がすっかり遅くなってしまいましたが、過日行った妄想農場Vol.16のレポートです。
様々な形で被災地と関わっている人たちが、今、何を思っているのかを話し合う機会は意外とないよねということで行ったもの。ちょっと長いので、「続き」も読んでくださるとうれしいです。  はしもと

西川亮(N)松本友哉(M)吉川健一郎(Y)橋本(H)
1. 大震災との関わり
M :公益社団法人NICCOが運営する学生ボランティア派遣チームに参加し、5月下旬、被災地に1週間滞在。
瓦礫撤去と避難所でのケア活動を行う。その後、大阪にいながらできることは何かを考え、メンバーと一緒に子どもたちと大震災を伝え、考える機会をつくる活動として、小学校(小4)の総合学習で「復興のために何ができるか?」を子どもたちに問いかけた。子どもたちは「死」に対して恐怖感なし。リアリティなしが多かったのが印象的。
N: 震災前からシンサイミライノハナ(以下ハナに略)の活動に取り組む。被災地へは4月末~1週間神戸のNGOに同行し活動。その後、建築家ネットワーク(アーキ・エイド)の復興支援プロジェクトhttp://archiaid.org/に参加(1週間)、現地(石巻市牡鹿半島)で調査&地元住民・行政への提案を行う。
・住民の関心は「経済復興をどうしてくれる!」が一番。住民の意見を取り込みながら、臨海居住の特性活用、「風景」を大切にした復興や地形と津波の関係再考を提案。(続きを読む)
いざ地震が起きると何もできなかった。全てが壊れた現地にあったのは、「人のつながり」だけ。
・ 被災地でハナを行うのは、今までハナに関わった人たちからメッセージを書くことで「被災地とつながりたい」の声に応えようと。
Y: 宮古市の商店街復興支援にチームを組んで仕事として入っている(5月、6月と2回)。宮古市は
4町合併で人口6万都市・独自商圏・周辺都市から距離大・企業立地少・若者少。
・もともと東北にはあまり縁がなかったので、基本的な関わりのスタンスは、こっち(神戸)でのつながりの中で縁があれば関わっていきたい、押し掛けはしないこと。
(関係希薄な商店街間の)イベントを一緒に行うことで、復興計画づくりへつなげていく。
・ 神戸まちコミと共にGWに亘理町へがれき撤去のボランティアへ参加。まちコミが20人ほど入り作業。数が多いと支援成果も目に見え、地元の人もチカラが出たと聞いた。
 国の復興の取組みと、今どうするかに悩む地元の現実。そこにどう関わるか?津波で浸かったところにまちを造るのか?結論は住む人が決めるべき。支援者が干渉するのは限界がある。
H:2002~04にかけて東北整備局の仕事(広報誌)をしていたため、被災地になじみあり。直後はショック大きく、すぐ行く気にならなかった。7月上旬ようやく短期間現地(釜石→仙台)に行った。
・ 「ちょいボラ」先の釜石の小さな漁港集落で80歳を超える住民に会い話を聞けたこと、地獄と天国が道1本で隣り合わせになっていることなど、メディアで見る状況とは違う被災地・被災者の多面性がリアルにわかった。出会った人との小さなつながりを大事にしたい。

2. つぶやきトーク:それぞれの話を素材に
●これからどうする?私たち「関わる・つながる」を巡って
・現実はあまりにどうしようもない面がある。個別具体的・現実的な問題(視点)から一度縁を切って、ぶっ飛んだ視点から考えてもいいのでは。
・(関わった側として)これからどう関われるか、責任を感じている。
( 見えてきたことは、)仮設住宅にも格差(多様性)が出て来ていること→仮設のコミュニティをしっかりさせ、サポートサイドもいろんな切口で活動している人たちつながってゆくことが大事。
・集団で入ることへの弊害はないのか?
 地域に受け入れられるかどうかが問題/時間の経過のなかでどのポイントでどのように関わるか。
集団で入ったから出来たことがある(倒れた墓石の修復など)。
「つながる」意味とは、小さなサイズで・地域と地域の人とグループがつながることだと思う。
出かけてゆき、人に会い、そこから生まれるつながりしか確かなものは生まれない。

● 提案すること:今と未来への視点/復興プラン
・ 建築関係者だけのチームより他分野の人も混じってチームが組めないのか?例えば詩人が入ることで、枠組みを壊せるのでは。
・ 建築界も大震災を機に今、変わりつつある。
・今後、(専門家ではない)ボランティアがまちづくりへの関わり方とは?

・提案した後で、住民が覚悟を決めることにどう関わるかが問題。
国への依存をやめ、自分たちでできることをすることから始める方が結局はいいのでは。
提案相手は地元住民と行政。市に対しては提案可能。
・住民は国からお金が来るのを待っている。話をするなかで住民も真剣に考えるようになっている。
・復興プランは、これまでの話(経験)は参考になるかもしれないが、通用しないことが多い。
地域と地域がつながり出している。自力で復興への多様な支援システムが生まれ、つながりだしている

・ ハードのためにソフトがダメになった例が多い。
巨大な防潮堤→安心感・海が見えないことによる遅れ・危機伝承が行なわれたところと風化したところと。
・「絶対大丈夫なハード」という発想が傲慢。自然と向き合わざるをえない生活のなかの感覚が大事。
●震災と情報
・情報過多と垂れ流し状態。欲しい情報にいらない情報が大量に入ってくる。
Twitterでそのまま伝えるより、咀嚼して伝えることが大事。

● ボランティア!
・ 学生≠若者。瓦礫撤去に必要なのは若者だと考えているが、学生ではないと思っている?ボランティア参加以降専門性を持つ必要性を痛感している。
・ボランティアは行きたい人がゆくべき。
・ 現地で問われた「ボランティアはいつまで続く?いつ終わるのか?」被災地のためにはエンドレス!(室崎先生の答え)
・ 「思いをどう繋ぐか」が重要だ。
・ 引き際が大事。依存と自立の関係。
・ 持続可能なしくみをどうつくるか。
・ 「ボランティア」という言葉がダメなのでは。利害関係をもち被災地に入り込んだら、どこで戻るのか?
● 仕事として関わること
・仕事は“聴くこと“から始まる。
 地域に受け入れられるかどうかが問題/時間の経過のなかでどのポイントでどのように関わるか。
・復興のプロセスそのものを「仕事化」することができないか?仕事になった(有償)時点で責任の持ち方が違ってくる。
・被災地での自立支援としてソーシャルビジネスに関心あり。短期的に関わるより長期で現場に入り、地域の産業を生かしたビジネスを創りたい。
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