文化農場記

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2009/08/09 Sun  14:52:31 » E d i t

 » 花火の間合い 

私はかなりの花火好きである。自分のお葬式にはぜひ「手筒花火」を海岸であげて欲しいと妄想しているくらいだ。そんなわけで花火の音を聞いただけでもうじっとしていられない。

天神祭の花火は、新事務所の前から見えるかと思ったが音のみで見えずこれはハズレ。
「びわ湖花火」(8/7)は、今年は湖面が無風状態で煙が立ちこめスッキリ花火が見えず。不景気のせいか例年より小振りなものが多く寂しい気分に。それでも渾身で打ち上げられるフィナーレの花火群が頭上いっぱいに広がり消えて行くさまは「夢のよう」としか言えない。毎年ながら感動のため息と大きな拍手がわき起こる。

翌日(8/8)は淀川花火。これは知人の事務所の夏祭りイベントに参加も兼ねて。
こちらは少し距離のある場所からの鑑賞。不景気とはいえ2万発。ひっきりなしに大型の花が夜空に咲く。でもため息はでない。

夜空にヒュルヒュルと音がして花が咲き、ひと呼吸おいてド~ンと空気を揺るがす音がするあの間合い。その余白が好きだ。淀川花火は立て続けで打ち上げられる。息もつかせぬ迫力だが、次は何がでるかなと想像する余白や間合いがない。
それがなんだか寂しい。花火も時代を反映しているのだろうか。





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